ココロからだンスW.S2009、現在参加者募集中です。
詳しくはホームページがこちらをご覧ください。
さて、ダンスの楽しさをお伝えしている、【特集】ココロ Revisited!。
第3弾は大快さんのココロ体験です。
大快さんは、2期のココロからだンスW.Sに参加されました。
また、昨年からは、ココロからだンスW.Sのアシスタントとして
センター事業にご協力をいただいています。
ココロからだンスW.S 2006(#2)
Studio Performance記録
平成19年(2007年)3月17日・18日
東山青少年活動センター 創造活動室
スタッフ
構成:佐藤健大郎・大槻弥生
照明:川島令子(GEKKEN staff room)
「汗だくだった。」
―あの頃を思い出した時にいちばんに思い浮かぶのは、
口で、背中で、からだ全体でヒューヒュー息をしながら
汗だくになってみんなでごろごろ動き回っていたな、
ということである。
―ダンスのワークショップなのだから、からだを動かすのは当たり前?!
でも、例えば、普段の生活の中でひたすら無心に
胸骨と肩甲骨を前後に動かし続けるなんてことはたぶんないはずである。
脇腹の肉がちぎれそうになる程、
腕を高くあげることもおそらくないと思う。
毎回のワークの中で気づく、(ワーク後にくる筋肉痛で改めて実感できる)
普段動かしていない「私のからだ」。
ココロからだンスの楽しみ其の一。
また、「自分と違うからだ」と多く出会えるのも興味深いものだった。
性別、年齢、生活(学生であったり社会人であったり住んでいる環境が違ったり)、
体格、考え方・感じ方の違う他人と、文字通り触れ合うという機会は
年を重ねるに従って少なくなってくる。
お互いの感触・体温を知っている、知りながらも、まだ知らない部分が出てくる、
面白い(interestingな)4ヶ月間だった。
特に、修了公演間近。
「こんなことがしたい」と私が蒔いたひとつの種の芽がなかなか出ず、
土の中でしぼんでしまうのではないかという状況にあった。
みんなで話し合うよりも何度も繰り返し動きながら、
うんうん試行錯誤している内に、ふと「これだ」という流れが見えた時には、
それぞれが「みんなで動く」ということを実感していたのではと思っている。
(意識・方向性として。そしてお互いをからだで感じ取りながら)
ココロからだンスの楽しみ其の二。
上記二点を経た上で、いよいよ修了公演。
「もうしんどい」「もうできない」と思っているうちは
「まだやれる」んだということを知る。
自分のからだの限界を感じるゼロからが始まり。
ひとつのカタチを創りあげるために
自分の持つ体力・気力・時間を総動員してぶつけ合う。
ぶつけ合ううち、「ナイス!」と感じることもあれば、
「ちょっとちゃうなぁ」と感じることが出てくる。
こんなひとつひとつの“出会い”が次へ進む原動力であったと思う。
「ちょっとちゃう」という違和感を相手に伝え返ってくるものに対して
また「ちゃうなぁ」と感じることも多い。
そこで「自分が伝えようとしていること全ては
相手に伝わらない」ということも知る。
自分ひとりでは気がつかなかった感覚=違和感との
“出会い”=自分と違う感じ方に“気づく”キッカケとなる。
勿論、個々人における捉え方はそれぞれなのでみんながみんな、
同じことを思っていたかはわからない。
それでも、ひとりひとりが感じた“出会い”によって
生まれた力が膨れ上がって爆発した結果が
自分たちの公演であったと思っている。
自分にぶつかってきたナイス!なことを含めた違和感に
“気づく”瞬間を感じ取る力のようなものを掴めたのではないか
と、今、思い返している。
以前より写真を撮ることが好きで、生活の中で、
旅先でチャンスがあればシャッターをきっていたが、
ココロからだンスで培った“気づき”スキルによって
今までは思いつかなかった対象やアングルでも撮るようになり、
楽しみがぐんと広がっている。
このワークショップで得たものはダンススキルというより、
自分のからだを通して何かを感じる、気づく、
そしてそれが表現にどうつながっていくのかを楽しむための「ココロ」。
「ココロ」から「ダンス」だが、
それがまた「ココロ」へ、「からだ」へと巡っていく。
そんな原始的な感動だった。
大快 和子
2009年11月12日
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