かくいう私はクラシックバレエの世界で、
大人になるまでの時間を正にそのこと、
つまり「上手く踊る」ための練習に費やしてきました。
そしてその経験は私にとって、今なおあらゆる意味で宝だと信じています。
アートの世界では「上手い」という言葉は
ダブルスタンダードに使用されるので、
例えば「上手い=お手本通りに出来ること」と捉えると、
たちまち創造性の欠如として認識されてしまいます。



DPW#3(1997年) DPW#4(1998年) DPW#5(1999年)
しかし「上手い」ということの実態をより柔軟に捉えると、
あるいは実態があるのか? と疑うところから始めたならば、
上手く踊るための練習にも、違う側面が見えてくるはずです。
例えば、どのように踊りたいかを明確にイメージするための練習、
そのイメージに近付く方法を考えるための練習が、
そして実際に身体をそこまで近付けるための鍛錬など、
肉体的なトレーニングに止まらず、
全てひっくるめて上手く踊るための練習と言えるのではないか。
その経験から得たものの総体こそが踊るための技術であると私は思っています。
これは単なる反復によってなされるものでなく、
創造性をもって取り組まなければならないもので、
一朝一夕で得られるものではありません。
DPWの開催期間は6ヶ月間でした。
基本的に未経験者を対象としていたことを考えると、
本来の意味では練習のスタート地点に立ったばかりとも言えます。
それで「公演」とするのは少しおこがましい。
しかし同時に彼らは、それぞれに自身の世界観を
不特定多数の他者に向けて投げかけようとしていました。
上手くかどうかは別としても、
決して閉じられた安全な場を想定しているわけではなかったからこそ、
「発表会」とも違うとも言える。
ゆえに「発表公演」という言葉がしっくりくる、
というのが今のところの私の結論です。