2016年04月30日

寺田さんのダンス体験(S9)の、続きその2

さて「発表公演」について、かなりくどくどと書きましたが、
この名称そのものにこだわっているわけではありません。
ただ、人前で踊ること、について考えることが、
少し飛躍するかもしれないけれど、
その後、なぜ踊るのか、について考えることに
繋がっていったことは間違いありません。
この命題の種をまさにこのDPWの現場で拾ったのだと思っています。
昨今では、例えば「コミュニティー・ダンス」などの取り組みが
盛んに開催されるようになり、素人(いわゆるダンス未経験者)が、
有料公演の舞台に立つことへの抵抗感(恐怖)は
明らかに薄れているだろうし、観客にとっても、
さほど珍しいことではなくなってきたと思います。
しかし、1994年当初には、それは誰にとっても、
かなり勇気のいることだったと思います。
参加者の多くは、人前でダンスを踊る(身体を晒す)ことへの
恐怖心を持つ一方で、何かを発信したい、
誰かと共有したいというアンビバレントな思いを
抱えていたように思います。
講師経験の浅かった私は、危ういバランスの中で揺らぐ彼らと共に、
暗闇の中手探りで宝探しをしているような、
不安かつスリリングな体験をしました。
この体験の重要さをより明確に意識できるようになったのは
初年度から5年以上も経ってからのことでした。
後半に差しかかったある年、ふと、自分も参加者も、
明るみで定まったレールの上で安全運転しているような
違和感を感じたことがきっかけでした。
講師としての砂連尾さんと私は年を追う毎に当然
多くの手法を持つことになりましたし、
参加者も我々がどんなことをするのか凡そ想定できてしまう。
正に安全運転。景色もよく見えるしそれなりに楽しいけれど、
これでは未知なる宝には手が届かないだろうな、
という危機感を持ったことを覚えています。
慣れるということの恐ろしさや、自分を晒すことに対する
恥の意識の大切さを痛感したエピソード。
これは戒めとして、今もしっかり刻まれています。

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