2020年07月06日

中山再次郎さんのこと

ハイキングサークルの伊吹山登山の記事でふれた胸像、
中山再次郎(慶応3年〜昭和38年)さんのことを調べてみました。

明治44年、オーストリアのレルヒ少佐(日本にスキーを伝えた人)が
来日した際、新潟県の高田で、スキー技術の講習会が行われ、
中山さんもその講習会に参加されたということです。
中山さんは若い頃、旧制高田中学校の教頭先生だったそうです。
ちなみに、明治33年には、京都府立第二中学
(現府立鳥羽高校の敷地内)の校長先生になられています。

2007062.jpg

中山さんは関西エリアでスキー場の候補地を捜していたところ、
遂に伊吹山を最適地として、大正3年頃から、毎年、
京都二中の生徒を引率してスキーに行かれたそうです。
その後、地元の若者も次第にスキーに親しむようになって、
現在の伊吹山スキー場へと発展していったといわれています。

posted by ひがせい at 19:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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